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真清田神社 [愛知の神社]

真清田神社  (国幣中社)  愛知県一宮市真清田1丁目2番1号
御祭神  天火明命
真清田神社の鎮座する一宮市は、古くは木曽川の流域に沿っていました。流域は常に文化の形成に大きな役割を果たします。一宮の発展にも、木曽川の恩恵があります。
この地域は、木曽川の灌漑用水による水田地帯として、清く澄んだ水によって水田を形成していたため、真清田(ますみだ)と名付けられたといわれています。
真清田神社は、平安時代、国家から国幣の名神大社と認められ、神階は正四位上に叙せられ、尾張国の一宮として、国司を始め人々の崇敬を集めました。
鎌倉時代には、順徳天皇は当社を崇敬され、多数の舞楽面をご奉納になりました。
その舞楽面は、現在も、重要文化財として当社に保存されています。
江戸時代には、徳川幕府は神領として、朱印領333石を奉りました。また、尾張藩主徳川義直は、寛永8年(1631)当社の大修理を行う等、崇敬を篤くしました。
明治18年には国幣小社、大正3年に国幣中社に列し、皇室国家から厚待遇を受けました。
尚「一宮市」の名称も当社が尾張国一宮であることに由来しており、全国で「一宮」の名称を冠する自治体は1市6町に及びますが、市制のひかれている自治体は当社の鎮まります一宮市のみとなります。(真清田神社HPより抜粋引用)
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津島神社 [愛知の神社]

津島神社  (国幣小社)  愛知県津島市神明町1番地
御祭神  建速須佐之男命
津島神社は、創建時の社名は「津島社」でしたが、神仏習合の影響により、ご祭神を「牛頭天王」に改めたことにより江戸時代までは「津島牛頭天王社」となり、明治の神仏分離により「津島神社」に改められました。今でも「津島の天王さま」と呼ばれ、全国約3,000社の天王信仰の総本社となっています。
社伝によると、欽明天皇元年(540年)に西国対馬より大神がご来臨なられたのが始まりとされ、その後弘仁元年(810年)に神階正一位と日本総社の号を賜り、一条天皇の正暦年間に天王の号を賜りました。
御鎮座以来、貧富の差なく広く尊崇されており、特にこの地方の勇者「織田信長」「豊臣秀吉」や尾張徳川家には厚く信仰され、社領の寄進や社殿の造営等を受けています。(津島神社HPより抜粋引用)
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熱田神宮 [愛知の神社]

熱田神宮 (官幣大社) 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1
御祭神 熱田大神  御霊代 草薙神剣
御祭神の熱田大神は、三種の神器の一つである草薙神剣を御霊代としてよらせられる天照大神のことです。また、相殿神は「五神さま」と呼ばれ、草薙神剣にゆかりの深い神々です(天照大神、素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命の五柱)。
日本武尊が東征の帰途、尾張国造の御女である宮簀媛命をお妃とされ、この国に草薙神剣を留め置かれました。その後、伊勢で日本武尊が亡くなったあと、宮簀媛命は熱田の地に社を建て、剣を奉斎したのが熱田神宮の創建とされています。なお、建稲種命は宮簀媛命の兄であり、日本武尊に従い東国の平定に尽力され、また、尾張地方繁栄の基礎を築いた神とされています。
大宮司職は代々尾張国造の子孫である尾張氏が務めていたが、平安後期より藤原南家がその職を務め、尾張氏は権宮司を務めるようになりました。1868年には神宮号を宣下され、熱田神社から熱田神宮に名称を改めています。
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